一万五千年前の天変地異が地球を変えた【生き方は星空が教えてくれる】

感動体験プロデューサーの小林です。
フォーラムソラのオブザーバー木内鶴彦さんの著書から得た学びを「フォーラムソラ語録」として配信しています。あなたのオルタナティブ・ライフに役立つヒントをご提供できればと思います!

 

2012年10月31日

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『一万五千年前の天変地異が地球を変えた』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●今から約一万五千年前、大量の水分を含んだ巨大彗星が地球に大接近したのを見ました。
●巨大隕石は火星の付近まで到達したとき、水分が気化し太陽よりも巨大なガス状の天体に変化しました。そのガスは地球にまで達しました。そしてガスの部分は、地球の引力に引き寄せられていきました。ガスが地表に近づくにしたがい冷え、雨となって地上に降り注ぎます。こうして大地の三分の一が水底に沈むほどの大雨が地球に降り注いだのです。
●そのころ、すでに文明をもっていた人類は天文についての知識もあったので、巨大彗星接近による被害を予想していました。少しでもその被害から逃れるために、人々は高い山の頂上などに避難していましたが、それでも大多数の命が失われてしまいました。
●恐竜が絶滅したのも、この天変地異が原因です。
●地球が再び静けさを取り戻したとき、地球の三分の二は海に覆われ、多くの種の動物が死滅していました。そして空を見上げると、水分を地球に吸い取られた巨大彗星の核が月となって輝いていたのです。
(P126-127)
<わたしの読書メモ>
 約一万五千年前の天変地異。その時のエピソードを木内さんはよく話されます。
 巨大彗星の到来。この宇宙的現象は人間の力では歯が立たない大事件でした。
 その当時、すでに人間は高度な文明をもち、地球の生態系のバランスを維持する役割を果たしていたそうです。しかし、どうすることも出来ない巨大彗星の到来は、七日七夜にわたり地球に豪雨をもたらし大洪水を巻き起こしました。
 地球の三分の一の海面が現在の三分の二まで水没したわけですから、そのパニック度は想像を絶するものだったに違いありません。その水位上昇を計算してみると、およそ二千メートルにも及びます。たとえば、富士山も海抜五千メートル級、エベレストは一万メートル級の山でした。
 そして、この天変地異によって恐竜が絶滅したというのです。この話を聞いた時、まったく馬鹿げていると内心私は思いました。しかし、フォーラムソラでその事実を検証する旅を繰り広げていくうちに、それは事実だったのだという確証を得るに至ったのです。
 その検証の旅の一つ『宇宙(ソラ)の旅 ペルー』では、ペルー・イカ川から出土した巨石の数々(通称:カブレラストーン)を検証することが出来ました。その巨石群は炭素測定で約一万二千年前とされるのですが、その表面には「人間と恐竜の
共存」、「人類と恐竜の戦い」、「恐竜の家畜化」などの様子が描かれてたのです。
 さらには、古代の人々が臓器移植を行う様子や、天変地異の観測の様子を刻銘に描いた絵まで残されていました。
 こうして、木内さんの見た世界の痕跡を目の当たりにすればするほど、木内さんが「今を生きる」私たちに伝えようとしている思いの真相が、点と点を結んでいくかの様に、徐々に理解できるようになっていくのです。
【筆:小林 健】

人間の頭脳と行動力は地球を守るためのもの【生き方は星空が教えてくれる】

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『人間の頭脳と行動力は地球を守るためのもの』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●生命体のバランスを整えるのは、非常に難しい役目です。
●それぞれの程に組み込まれたプログラムだげでは、突発的な変化や局地的なバランスの乱れに対応しきることはできません。そこで、自ら学習し、物事を考え、発想し創造する能力をもつ生命体がどうしても必要となってきたのです。
●砂漠化した地域に植林をしたり畑を造ることによって減少した緑を増やす。増えすぎた動物を家畜とすることでその数を整える。環境の変化を自らの頭脳と行動力によって整える働きを人間という種は担って生まれてきたのです。
●それはちょうど縁のないお盆の上に置かれたビー玉を落とさないようにバランスをとりつづけるゲームに似ています。
●お盆が右に傾いたら左側に傾ける。逆に左に傾きすぎたら右に戻すといったぐあいで、たえずそのときの状況や変化に合わせてバランスをとりつづけなければならないのです。(P124)
<わたしの読書メモ>
 私たち生命体も、地球も、宇宙全体をも取り込む膨大な意識。
 それこそが創造主であり、私たちの意志でもあります。私たちひとり一人の意識は膨大な意識とすべてリンクしているといいます。その膨大な意識が、地球に自らの頭脳で思考し行動できる生命体を誕生させました。
 それは決して、この地球を人間に支配させるためのものではありませんでした。
 この地球という、奇跡の生命にあふれる環境をキチンと整えるための役割。その目的のために、人間は頭脳と道具を使える体が供えられました。
 それまでの生命体の循環による「食物連鎖」では、環境保全が難しくなったと膨大な意識が判断した時、全て生き物、全ての宇宙の意識の集合体が地球に人間を誕生させたのでしょう。
 それは、天変地異や環境変化による生態系のアンバランスを解消したり、より豊かな環境を確保するためのものでした。
 私たちは地球という大きな舞台に住んでいます。しかし、この地球も宇宙規模で考えれば、さほど質量も無い危うい小さな星に住んでいるのです。
 木内さんのたとえる「お盆の上のビー玉」は、まさにこの宇宙規模で捉えた地球の姿です。その姿は非常に繊細なバランスの上に成り立っているのだと、木内さんは常に語りかけます。
 「人間の頭脳と行動力は地球を守るためのもの」ということを、私たちは今一度こころに刻み、この地球の乗組員全員が航海を真っ当できるように、この「宇宙船地球号」を確実に整備すること。それこそが、人間のDNAに刻まれた使命なのです。
【筆:小林 健】

人間の役割は生命のバランスを管理すること【生き方は星空が教えてくれる】

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『人間の役割は生命のバランスを管理すること』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●植物は草食動物に食べられることによって自らの適正量を保ち、草食動物は肉食動物に捕食されることによって、自らの種に制限を設げました。
●肉食動物の多くは、草食動物の内臓を食べることによって自らの生命を保っています。なぜ内臓を食べるのかというと、肉食動物は、自らの体内に植物を栄養化する酵素をもっていないからなのです。
●したがって、その酵素が含まれる草食動物の内臓を食べるのです。もし肉食動物が、草食動物のように植物をエネルギーに変える酵素をもっていたら、肉食動物が増えすぎ、生態系のバランスを崩すこととなってしまいます。
●進化論では、生命体は自らの種をより繁殖させることが可能なように、厳しい自然環境に適応していくかたちで自らの肉体を進化させていったという言い方をしますが、本当にそうなのでしょうか。
●私が見てきた世界は、自らの種を繁栄させるためではなく、地球環境のバランスを整え、より長く生命が循環しつづけられることを目的に進化していました。
●そして種々雑多な生命のバランスを管理するものとして、進化の最終段階で生まれてきたのが人間だったのです。(P123)
<わたしの読書メモ>
 私たちが学校で教えられる「進化論」。それは「種の繁殖」のために自らの肉体を進化させるというものでした。しかし、木内さんの見てきた世界観はそれと異なっていたのです。
 地球という一つの舞台、全霊の共有財産。その地球の環境バランスを整えるために、自らの命を誕生させ役割を持ち、適度な死を組み込むことで生態系のバランスを保っていたのです。
 その中でも、手足を使え思考をめぐらすことのできる人間が誕生してきました。私たちは生態系のこまかな調整や修正をする役割として命をさずかったのです。
 しかし、私たちはその役割に気付かず、まるで万物・全生態系の王のごときふるまっています。木内さん的に考えれば、私たち人間は新参者であり、諸先輩のお世話をさせていただく立場にいることが解ってきます。
 そういう観点から考えてみると「弱肉強食」という言葉も、人間のおごりから発せられた言葉のように思えてきます。「強いものが食らう」のではなく「共栄共存のために整える」というのが本来の意味ではないでしょうか。
 私たちは、いままでの「進化論」的な上から目線で生態系を見るのではなく、新参者として、また先輩たちのお世話をするものとして、この「奇跡の星・地球」の存在意義と自らの役割について、いま一度考える時が来ているのだと私は思うのです。

こうして生命の循環が始まった【生き方は星空が教えてくれる】

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『こうして生命の循環が始まった』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●その原初の海で最初の生命が生まれました。
●それは藻のような植物性プランクトンでした。植物性プランクトンが光合成によって酸素を生み出し、酸素が充分に増えたところで動物性の微生物が誕生しました。
●海の中で腐った植物を動物性の微生物が分解し、新たな栄養分を生み出し、それをもとに別の植物群が生長していきます。こうして生命の循環が始まりました。
●植物は海岸から少しずつ陸上に進出し、大気や土壌を生命体が生活するのに適した状態に変化させていきます。
●地球が誕生してから地表の大部分が植物によって覆われるまでに要した時間は、八億年ほどでした。(P122)
<わたしの読書メモ>
フォーラムソラでは「宇宙(ソラ)の旅」を国内と海外で毎年展開しています。その中でも沖縄の久高島ハワイ島の旅では、特に原初の生態系に注目しながら、石灰岩や溶岩で構成される海辺を検証しています。
 すると、まったく生き物を寄せつけそうにない、ごつごつした岩肌や溶岩に埋め尽くされた海辺でも、わずかな水たまりや
浅瀬には「藻」のような緑が生息しています。
 それをだんだんとたどっていくと、今度は岩肌の隙間から生える草のような小さな植物が現れます。そして徐々に植物は岩の奥深くまで根を張るしっかりした木へと変わっていくのです。
 この様に、過酷な条件でも植物が中心となって、徐々に生命体が生活できる環境に変えていく様子を現在でも見ることができるのです。
 そして、植物のあるところに必ず動物がいます。とかく動物のために植物が存在しているように思われますが、地球の環境維持と生命の循環という視点から考えると、地球の生命体の代表選手は植物であり、動物は新たな栄養分を生み出すための補完生物であることが見えてきます。
 「植物よりも動物が、その動物の中でも人間が一番偉い!」などと考えがちですが、私たち人間は地球の生態系の中では新参者です。
 私たち新参者の使命とは、この奇跡の惑星「地球」に誕生した「生命」、つまり先輩たちの命の循環を絶やさず守ることなのだ!と自然環境を検証する度に気づかされるのです。

地球は水にちょうどよかった惑星【生き方は星空が教えてくれる】

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『地球は水にちょうどよかった惑星』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●原初の惑星に水はありませんでした。
●宇宙空間で水分は軽石のようなものにしみ込み、凍結していたのです。それがカイパ一べルトと呼ばれる彗星の巣となりました。
●氷の塊は大きくなると、太陽の引力に引き寄せられ、彗星となり太陽系の惑星に降り注ぎました。細かな水の塊が惑星に降り注ぎ海をつくり出します。
●しかし、惑星と太陽の距離が近すぎれば、地表が熱すぎて水は揮発してしまいますし、逆に遠すぎると凍りついてしまいます。水が液体の状態を保っていられるのにちょうどよい距離に位置していたのが地球だったというわけです。(P121)
<わたしの読書メモ>
 木内さんは宇宙の始まりまでも意識の世界で体験してきました。なので、太陽系の創造についてはより具体的なイメージを持っています。
 私たちがたとえ天文学に詳しかったとしても、太陽系の創造期を解りやすく説明しろといわれて、期待通りに説明することなかなか出来るものではありません。
 しかし、木内さんの場合は違います。さすがに見てきた(体験した)だけあって、とてもわかりやすく誰にでも理解できる言葉で説明してくれます。
 太陽系にはいくつもの惑星がありますが、太陽との位置がそれらの惑星の環境を決定づけるものになっていると木内さんはひも解きます。
 つまり、宇宙空間に豊富にある水ですが、それを受け取った時に、きちんと「液体」として維持できる惑星だけが生命を育むチャンスを得られたというのです。
 その点において、地球は偶然にもその条件を満たした惑星だったのです。地球に生命が誕生し、やがては循環を遂げる惑星に育ったことは、「全てに偶然は存在しない、全ては必然である」という観点からすると、本当に何者かの意思が介在したと考えてしまうのも不思議ではありません。
 ですから、私たちはこの奇跡の地球の存在意義を今一度見つめ直し、考え直さなくてはならないのだと私は思うのです。
 そうすれば、私たち人間の役割が「地球環境の維持継続」であることが解ってくるはずです。「地球と共に生きる」という価値共有がなされた時、争いや経済至上主義から解放され、本来の人間としての生きる喜びをあられるのではないでしょうか。
【筆:小林 健】

困難を乗り越えること、それこそが人生の喜びだった【生き方は星空が教えてくれる】

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『困難を乗り越えること、それこそが人生の喜びだった』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●死後の世界はとても退屈な世界です。すべてが自分であり、何の疑問もない世界です。それはつらくも苦しくもない世界ですが、ときめきも喜びもない世界ともいえます。
●この世にはさまざまな制限があります。でもだからこそ自分の能力を目いっぱい使って生き延びていくことが、とてつもなく素晴らしいことなのだと気がついたのです。
●みなさんも自分の人生を振り返ってみてください。あなたにとっていちばん素晴らしい思い出となっているのは、どんなときでしたか?
●それは、困難に負けず自分が一生懸命努力していたときではないでしょうか?
●そのときは苦しくて苦しくて、何で自分はこんなに大変な思いをしなければならないのだろうと、天を呪いたくなるような気持ちになったとしても、その困難を乗り越えて後から振り返ったときに感じるのは、かけがえのない充実感なのではないでしょうか。
●生きる喜びとは、そういうものだと私は思っています。(P118-119)
<わたしの読書メモ>
 木内さんがいつも繰り返し言うこと、それは「意識の世界にはすべてがある。しかし退屈である。」ということです。
 人は過去も未来も、まして今日の自分のことさえ解らずじまいです。そんな中で精一杯生きています。
 時にはすべてを投げ出してしまいたい。そんな衝動に駆られることもありますが、投げ出したところでその先には退屈な意識の世界があるだけなのです。
 もしも、この世界の辛さや苦しさから逃れたとしても、そこに待っているものは肉体のない意識だけの退屈な世界。例えその世界がすべての事象を理解できる世界だとしても、ただじっと「有る」だけの肉体のない世界なのです。
 それよりも、この肉体を預かり人生という体験を繰り返すこと。つまり「生きること」そのものに価値があるのではないでしょうか。
 その中でも、辛いこと苦しいことから自分の持てる能力を目いっぱい使って必死で乗り越える経験。それこそが「生きる喜び」なのだと、木内さんの体験は物語っています。
 もしも、少し未来の地点から現在の自分を見つめる習慣を身につけられたなら、私たちは今の困難をもっと精一杯、もっと自分の能力を引き出し、乗り越えていけるのではないでしょうか。
 なぜなら、その経験こそがかけがえのない「人生の喜び」であることを知っていれば、今よりも高い結果を引き出すことが出来るからなのです。
【筆:小林 健】

意識の世界の真実を証拠が語る【生き方は星空が教えてくれる】

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『意識の世界の真実を証拠が語る』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●私は甦ったときのためにと、臨死体験の中で訪れたさまざまな時代のさまざまな場所に、いくつか証拠になるようなものを残してきていました。
●それは自分だけがわかるメッセージを、今も残る有名な神社や世界各地の古代遺跡に刻みつけてきたのです。意識だけの存在なのにどうやって書くのかというと、その時代に生きている人の肉体をちょっと拝借するのです。
(中略)
●意識がゆるみぼ一っとしているときにほんの数秒おじゃまして、ちょいちょいっと自分へのメッセージを残すのです。
●どんな時代でも、どんな場所でも一瞬で移動できるのですから、エジプトのピラミッド、インカのマチュピチュなどあちらこちらに行きました。検証しやすいように日本国内でも何か所かしるしをつけました。
●まだすべてを検証したわけではありませんが、これまでに調べた場所にはすべて、それらのメッセ一ジを確認することができました。それは臨死体験の中で見てきたものは真実だと告げていたのです。(P116-117)
<わたしの読書メモ>
 木内さんは、意識の世界で宇宙創造から未来までを放浪していたわけですが、その想像を絶する光景や事実に目を疑いました。それは、常に「これは夢なのか?事実なのか?」という自問自答思の旅だったそうです。
 そして、それが事実だったことを生還してから確認するために、ある奇策を考えだしました。それは、父親に乗り移った経験を生かし、その時代の人間の体に取りつくということでした。木内さんの場合、その人に何のうらみもありませんから、ただただ後から自分が確認するための印を残してくることが目的でした。
 フォーラムソラでも、木内さんと共に国内、海外とさまざまな場所を訪ね、その証拠の確認を行いました。あるときは神社の神殿の柱に木内さんしか書けない(知らない)メッセージが残してありました。マチュピチュやエジプト、メキシコ・マヤのピラミッドでもその痕跡を確認することができたのです。
 この証拠を確認することは、同時にその体験の詳細を意識の世界からダウンロードするようなものなのです。つまり、自身の脳がコンピューターのハードディスクだとして、それ以上の記憶は脳にはありません。その場所でその時代の意識にアクセスすることで、まさに「iCloud」にアクセスしデータを呼び込むことに似ています。
 木内さんのこの作業は、過去の人類の経験値を現代に呼び起こす作業にほかなりません。もしもこの経験値が現在に活用できれば、これから未来に向けて過去に犯したアヤマチの再犯防止になるのでは?と私たちは考えています。
 フォーラムソラの活動が、少しでもこの壮大なダウンロード作業に貢献し、さらに木内さんと共に明るい未来社会への環境を作りに貢献できればと考えているのです。

→ 宇宙(ソラ)の旅・エジプト ←

→ 宇宙(ソラ)の旅・メキシコ マヤ ←

→ 宇宙(ソラ)の旅・ペルー ←

【筆:小林 健】

人間と恐竜は共存していた【生き方は星空が教えてくれる】

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『人間と恐竜は共存していた』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●緑に覆われた大地、そこには数々の動物が自然を維持するための循環を繰り返していました。
●その循環の輪の中には、地下に住む人間も、巨大な恐竜も含まれていました。 そうです、月が誕生する前まで人間と恐竜は一つの生態系の中で生きていたのです。
●人間は文明の進化とともにその生息圏を広げていきました。それは草しか生えないような山岳 地帯に植物を育てたり、砂漠地帯を緑に変えるための移住です。
●当時の科学力はある意味では今よりも進んでいたのかもしれませんが、価値観が今とは異なる ので、比べるのが難しいところもあります。
●天文学に関しては、今と同程度ぐらいまで発展していました。だからこそ、臨死体験から戻っ たときに、月の誕生年代を割り出すための正確なデータが得られたのです。
●残念なことにこの超古代文明は、月が地球にもたらした大洪水によって失われました。生き残 ったのは高い山の頂に避難できたごくわずかの人だけでした。(P115-116)
<わたしの読書メモ>
 超古代文明。木内さんはその体験の中で確実にその存在を確認し、記憶して帰ってきました。
 私がこの話を初めて聞いた時、とにかく驚いたのは「人間と恐竜の共存」という点でした。映画ジュラシックパーク で胸躍らせた、あの恐竜たちと人間が共存していたとは、ユニークではあるものの、「ちょっと考えにくい話だな~」と 思っていました。
 しかし、木内さんの話を元にいろいろ調べてみると、世界には木内さん説を裏付けるようなエピソードがたくさん 残されていました。

 そこで、私たちフォーラムソラでは、木内さんと共にペルーのイカで検証を行いました。するとそこには、超古代 文明の人々の暮らしぶりや科学、医学、天文学・・・・にいたるあらゆるものが多くの石に刻まれていました。
 やはり、恐竜を鮮明に描いたものや、恐竜狩りをしている人々、はたまた恐竜を家畜として飼っている人々の姿まで 映し出されていました。
 炭素年代測定をしてみると、これも約12000~15000年前と、木内さんの言う「月の到来」の時期と一致します。 天変地異によって、すべてを失うと覚悟した超古代文明(先史文明)の人々は、シンプルに巨石にその様子を描くという方法で 未来に軌跡を残したのでした。
 こんな検証を重ねれば重ねるほど、木内さんの話に信憑性が高まります。過去を細かに検証していくと、それは現代人への警鐘と捕らえることができることに気づきました。

→フォーラムソラ「宇宙(ソラ)の旅・ペルー」←

【小林 健】

古代文明の都市は地下に造られていた【生き方は星空が教えてくれる】

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『古代文明の都市は地下に造られていた』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●私が臨死体験で見てきた地球の歴史は、常識では考えられないものでした。
月が誕生する前、地上では高度な文明社会が築かれていました。
●その社会は、今の歴史学での常識からすれば、信じられないような光景だと思います。この古代文明の都市は、当初地下に造られました。人間が自分たちの生活空間を地下に求めた理由は、実にシンプルなものでした。地上に町を造ると自然を破壊しなければならないからです。
●当時の文明は、地球の生態系の主役は植物だという認識に立脚していたのです。都市と同じ理由から道路や線路も造られませんでした。道を造らなくてもいいように、彼らは空中を移動する乗り物を開発しました。
●それは今でいえば、飛行機というよりUFOに近いものでした。
<わたしの読書メモ>
 木内さんの見てきた過去、その光景は今の歴史学からは想像もできないものだったといいます。
 「すでに高度文明をもっていた人類の生活の舞台は地下である。」と聞かされた時、私も本当に耳を疑いました。「絶対にそんなことは無い!」と、自分の既成概念の中での裏付けの無い確証を持っていたのです。
 しかし、その後の木内さんの話や、オーパーツに代表される「あってはならない物証」を知ってくると、だんだんと木内さんの話には整合性が取れていることに気づき始めました。
 その文明の地下都市は、今よりも海抜2000メートルも低い地球での話です。その辺を探しても入口は見つかりませんが、ペルーには海底2000メートルに階段の遺跡が見つかっているのです。
 また、地球の主役を植物と捉えていることも、注目すべき点だと思います。現代人は地球の主役は人間と考え、地球の破壊行為を続けていますが、当時の人類は地球あっての生命体、生態系が存在することを心の基本にしていたようです。
 フォーラムソラで検証の旅を行っているのも、この先史文明が残してくれた大いなる学びや本来の人間の姿がどうあるべきか?といった教えを再発見するためのものなのです。

月の誕生は一万五千年前だった【生き方は星空が教えてくれる】

おはようございます!

 

<今朝のフォーラムソラ語録>

『月の誕生は一万五千年前だった』

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

<立ち読みコーナー>
●そうして私が導き出した月誕生の年代は、一万五千年前というものでした。
●巨大彗星が地球に接近し地球の環境を大きく変化させたのは、意外にもそれほど古い時代のことではありませんでした。すでに人類は誕生し、文化的な生活を営んでいたのです。
●月がもともと巨大彗星ならば、月のクレーターは、水分が気化し地球に吸い取られたあとにできたと考えることができます。クレーターというのは、損石が地表にぶつかったときの衝撃でできる窪みのようなものだからです。(中略)
●そこで一定期間この海の部分にできる新しいクレーターの数を観察し、平均的な数字を出します。そして現在あるクレーターの総数をその平均値で割れば、月が誕生したおおよその年代を特定することができます。
●こうしたクレーターの観察結果をもとに月の年代を測定したところ、やはりここでも約一万五千年前という、臨死体験から導き出した答えと一致する数字が出たのです。
<わたしの読書メモ>
 木内さんは、意識の世界で体験している事象の年代を、天空の星々の位置を記憶することで割り出しました。
 とくに地球に大カタストロフィー(天変地異)を与えることになった月の到来については、注意深くその年代を記憶してきたのでした。ノアの方舟にも登場する七日七夜の大洪水が月の到来の話とするならば、すでに人類がある程度の文明をもっていた時代となるからです。
 星々の位置から割り出した月の到来時期はなんと、約一万五千年前という、比較的最近の時代が割り出されました。しかし、私たちの歴史観からすると、あまりにも最近であることから、木内さんは月のクレーターの観測という、まったく別な方法からも時代測定を試してみたわけです。すると、やはり約一万五千年前という数字が出てきました。
 聖書を始め世界中の古文書には、まことしやかな話が登場します。「人類は4度文明を作った」「人類は地下からやって来た」「人類の一部は宇宙に回避した」「人類は恐竜と共存していた」・・・どれも興味深い話ですが、信憑性に欠ける話ともいえます。
 しかし、このような木内さんの体験や、現在の地球に残された手がかりをもとに、さまざまな検証を重ねてみると、どれもこれも、まんざら嘘ではなさそうなのです。
 もしも、これらが真実であったなら・・・・。過去の先人達が得た教訓が世界中にたくさん残っているはずなのです。それらは、今を生きる私たちの生き方の参考書にきっと成りえます。
 フォーラムソラでは、過去の先人の知恵や教え、今なお伝承されつづけるストーリーを世界中に求め、検証の旅へと繰り出しています。
 そのストーリーの真意をひも解くことによって「壮大なる温故知新」、つまり過去からの教えを未来につなげることにより、よりより地球環境を次の世代に手渡すことができるのでは!?と考えているからのです。