おはようございます!
<今朝のフォーラムソラ語録>
『地球は水にちょうどよかった惑星』
生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より
<立ち読みコーナー>
●原初の惑星に水はありませんでした。
●宇宙空間で水分は軽石のようなものにしみ込み、凍結していたのです。それがカイパ一べルトと呼ばれる彗星の巣となりました。
●氷の塊は大きくなると、太陽の引力に引き寄せられ、彗星となり太陽系の惑星に降り注ぎました。細かな水の塊が惑星に降り注ぎ海をつくり出します。
●しかし、惑星と太陽の距離が近すぎれば、地表が熱すぎて水は揮発してしまいますし、逆に遠すぎると凍りついてしまいます。水が液体の状態を保っていられるのにちょうどよい距離に位置していたのが地球だったというわけです。(P121)
<わたしの読書メモ>
木内さんは宇宙の始まりまでも意識の世界で体験してきました。なので、太陽系の創造についてはより具体的なイメージを持っています。
私たちがたとえ天文学に詳しかったとしても、太陽系の創造期を解りやすく説明しろといわれて、期待通りに説明することなかなか出来るものではありません。
しかし、木内さんの場合は違います。さすがに見てきた(体験した)だけあって、とてもわかりやすく誰にでも理解できる言葉で説明してくれます。
太陽系にはいくつもの惑星がありますが、太陽との位置がそれらの惑星の環境を決定づけるものになっていると木内さんはひも解きます。
つまり、宇宙空間に豊富にある水ですが、それを受け取った時に、きちんと「液体」として維持できる惑星だけが生命を育むチャンスを得られたというのです。
その点において、地球は偶然にもその条件を満たした惑星だったのです。地球に生命が誕生し、やがては循環を遂げる惑星に育ったことは、「全てに偶然は存在しない、全ては必然である」という観点からすると、本当に何者かの意思が介在したと考えてしまうのも不思議ではありません。
ですから、私たちはこの奇跡の地球の存在意義を今一度見つめ直し、考え直さなくてはならないのだと私は思うのです。
そうすれば、私たち人間の役割が「地球環境の維持継続」であることが解ってくるはずです。「地球と共に生きる」という価値共有がなされた時、争いや経済至上主義から解放され、本来の人間としての生きる喜びをあられるのではないでしょうか。
【筆:小林 健】