星の下で始まった顔の見えない交流会【生き方は星空が教えてくれる


おはようございます!

 
<今朝のフォーラムソラ語録>

星の下で始まった顔の見えない交流会

生き方は星空が教えてくれる(木内鶴彦著)より

 

●夜の山に来る人などほとんどいないだろうと思われるかもしれませんが、実際にはさまざまな人がやってきます。
星に興味を持っている人もいれば、そうでない人もいますが、話しかけてくる人の第一声はたいてい決まっています。
「わぁー、星がきれいだね」というのです。
 
●なかには、私が望遠鏡を空へ向けていることはわかるので、「望遠鏡で見たらよく見えるんでしょうね」と、いう人もいます。
素直に「見せて」といってくれればよいのですが、なかなかそうはいいません。近くにきているのだけれど、ちょっと遠巻きにするような感じでためらいがちにたむろしているのです。
 
●私はそういう人たちのために、いつもちょっと多めにコーヒーを持っていっていました。
カップにコーヒーを入れ、声を掛けてくれた人のところへ持っていくのです。
不思議なもので、「コーヒーでも飲みませんか」と声をかけるだけでは、たいていの人は遠慮して断ってしまいます。
でも、コーヒーの入ったカップを持っていくと、受け取って飲んでくれるのです。
カップを受け取った人は、自然と望遠鏡のそばに集まっていきます。
そしてコーヒーを飲みながら、いろいろな話をはじめるのです。
 
●深夜の山ですから、辺りは真っ暗でお互いの顔もはっきりとは見えません。
それでも話をしていくうちに、声の調子で相手が心を開いてくれたのがわかります。
(中略)
 
●ときには「あっちの空は明るいでしょ、あれは東京の街の灯りでね」などと、星の話から地球環境の話にまで発展させます。
楽しいひと時を過ごした人は、しばらくすると今度は友達や家族を連れてまたやってきます。
そうしていつの間にか私の観測ポイントは、夜の観測会のようになっていったのです。
(P44-48)
 
 
<わたしの読書メモ>
星の観測をしているときは、「一日の平均睡眠時間は四時間ほど、慢性的な肉体疲労と睡眠不足、特に冬は寒さが半端でなくて、体はもう大変!」
でも、「彗星探索にはそうした苦労を差し引いてもあまりある喜びや楽しさがあるのだ」と木内さんフォーラムソラの講演会の中でおっしゃってました。
 
その「あまりある喜びや楽しさ」の中に、このような心温まる、本当の意味での交流があるのだと思います。真っ暗闇ですから、目で見る情報ではなく、耳や、感覚、感性など、動物的な感受性を使って相手と価値共有していく。
 
その過程がいつもにはない、深い関係性を醸し出してくれるのではないでしょうか?
星の話から宇宙の話し、それがついには身近な環境問題へと展開していくとき、「地球と共に生きる」という共通のテーマと深い愛情が醸成され、場を満たしてくれるのではないでしょうか。
 
言葉では表すことのできない、素晴らしい気付きや価値を共有できる場。そんな場が、あまりある喜びや楽しさの一つでもあるのではないでしょうか。
 

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